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広島高等裁判所松江支部 昭和43年(ネ)75号 判決

主文

一、原判決を取り消す。

二、別紙目録載記の各不動産につき松江地方法務局出雲支局昭和三八年一月二六日受付第四八一号をもつて設定登記のなされた、被控訴人を債権者、訴外植村平爾を債務者、控訴人を担保提供者兼連帯保証人とし、昭和三八年一月二五日付手形取引契約、手形貸付契約並びに証書貸付契約にもとづく元本極度額二〇〇〇万円の根抵当権は存在しないことを確認する。

三、被控訴人は控訴人に対して前項の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は以下に付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。控訴代理人は「仮に本件根抵当権がいわゆるつなぎ融資を含めて担保する趣旨であつたとしても、それはあくまで二〇〇〇万円の再建融資がなされることを前提とするものであつて、再建融資なくしてつなぎ融資だけを独立して担保することは当時控訴人の全然予想するところではなかつた。従つて右再建融資がなされなかつた以上、本件根抵当権の設定契約は要素の錯誤にもとづくものであつて無効である。なお、本件根抵当権設定後、被控訴人より訴外植村平爾に対し新たな融資があつたとの事実は否認する。」と陳述した。

証拠(省略)

被控訴代理人は「被控訴人は訴外植村平爾に対し本件根抵当権設定以後昭和三八年八月二八日金六一万円、同年九月二七日金一六八万円を新たに貸付け、そのほか手形割引の形式で融資をおこない、昭和四六年二月二日現在において被控訴人の訴外植村平爾に対する債権総額は八九三万七〇八九円である。」と陳述した。

証拠(省略)

理由

一、控訴人の娘婿である訴外植村平爾は石油類販売業池平商店を経営していたが、昭和三七年始め頃同商店の経営が破綻したため、仕入先の訴外エツソスタンダード石油株式会社や融資銀行たる被控訴人に対し多額の債務を負い、倒産必至の状態に陥つたこと、そこで植村、被控訴人、エツソスタンダード社並びに植村の親戚知人が協議し、「エツソスタンダード社は被控訴人に金額二〇〇〇万円、期間一〇年の定期預金をする。被控訴人は右定期預金を見返りとして植村に新たに二〇〇〇万円を限度として営業資金を貸与する。」との趣旨を含む池平商店再建計画案が建てられたこと、控訴人は昭和三八年一月二六日その所有の別紙記載の各不動産につき被控訴人のため主文第二項記載のとおりの根抵当権を設定登記したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで本件根抵当権設定のいきさつ並びに被担保債権の範囲について検討する。いずれも成立に争いのない甲第一号証の一及び二、同第七号証、乙第一号証、同第四、第五号証、当審証人大槻和彦の証言によつて真正に成立したと認められる同第八号証の一及び二、原審及び当審証人植村平爾(各一、二回)、同西垣千秋、原審証人竹江喆、同原田定雄、同津田雄二郎、当審証人植村二郎の各証言並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果(以上の各証言並びに本人尋問の結果中、後記認定に反する部分を除外する)によれば次の事実を認めることができる。前記池平商店は明治時代からエツソスタンダード社の前身であるエツソスタンダードバキユーム社と取引し、福知山市内で石油類の販売を営んでいた老舗であるが、訴外植村平爾の代になり大口販売先の倒産や放漫な経営のため、昭和三七年春頃には極度の資金難に陥り、エツソスタンダード社に対して一〇〇〇万円を超え、被控訴人に対して二〇〇〇万円を超える債務を負担し、控訴人より融通手形を振出してもらつて辛うじて支払手形を決済してきたが、もはや尋常な手段では融資を受けることができず、倒産必至の状態に立ち至つた。これに対して、永年営業を続けてきた池平商店を見殺しにすることを惜んだエツソスタンダード社の京都営業所及び被控訴人の各係員並びに控訴人を含む植村の親戚知人等が集まつて池平商店の再建を協議した結果、同年八月頃前記のとおりの再建計画案が建てられたが、エツソスタンダード社が被控訴人への定期預金に対し質権を設定することが期待できなかつたため、被控訴人は植村に対する再建資金の貸付に当り、同人の親戚知人において相当の担保を提供するよう要求した結果、控訴人においてその所有の本件不動産を再建融資の担保として提供することに同意した。しかしその後控訴人が本件根抵当権の設定登記に応ずることを渋っていたので、被控訴人は植村に対し昭和三七年六月から同年一〇月頃迄の間に同人の差迫つた支払手形を決済させるためのいわゆる「つなぎ資金」として合計三一七万円を貸与すると共に、控訴人に対し早急に根抵当権の設定登記に応ずるよう催促し、昭和三八年一月二五日被控訴人の営業部貸付課長訴外西垣千秋他一名を控訴人の自宅に赴かせて交渉させたところ、控訴人は植村に対し未だ二〇〇〇万円の新規融資が実現していないこと及び前記つなぎ融資を被担保債権に含めることに難色を示したが、結局護歩し、西垣等の言に従いつなぎ融資を含めて限度額二〇〇〇万円の根抵当権設定登記に応ずることとし、その引き換えとして被控訴人が右つなぎ融資の担保として預かつていた訴外堀重三名義の鐘ヶ淵紡績株式八〇〇〇株の株券の交付を受け、翌二六日本件根抵当権の設定登記手続をなした。以上認定の事実に照らしてみれば、本件根抵当権設定の趣旨は、被控訴人が植村に対し、池平商店再建資金として新たに二〇〇〇万円を限度とする融資をすることを前提としてその担保を提供したものであり、右二〇〇〇万円の融資のうちには、再建計画の協議が始まってから本件根抵当権の設定登記が完了するまでになされたいわゆるつなぎ融資をも含むものである、と解するのが相当である。なお、成立に争いのない乙第一号証中に本件根抵当権の被担保債権として印刷された不動文字で「現在負担し並びに将来負担する手形割引、手形貸付及び証書貸付に基づく債務」と記載されているが、前記認定の本件根抵当権設定のいきさつに照らしてみて、右記載から直ちにつなぎ融資を含めた新規融資のみならず、焦付きとなつたいわゆる旧債までも被担保債権に含まれるものと解することは相当でなく、また原審及び当審証人植村平爾の証言(各一、二回)並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中、被担保債権のうちにつなぎ融資が含まれないとの部分並びに原審証人原田定雄、当審証人植村二郎の各証言中、被担保債権のうちにいわゆる旧債も含まれるとの部分はいずれもたやすく措信できず、他に前記認定を覆えすに足りる的確な証拠はない。(原審及び当審証人西垣千秋の、被担保債権の範囲に関する証言は曖昧な点が多く、必ずしも前記認定を左右するものとは解されない。)

三、次に控訴人の要素の錯誤の主張について判断するに、原審及当び審証人植村平爾(各一、二回)、原審証人竹江喆、同津田雄二郎、当審証人赤井一作の各証言並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、エツソスタンダード社の京都営業所では、昭和三七年八月頃前記池平商店再建計画案につき、大阪支店を通じて本店へその承認を求めたところ、本店で調査の結果同年一〇月頃には池平商店の再建の見込がないとの結論に達し、右計画案は承認されなかつたため、同社の京都営業所において被控訴人に対し二〇〇〇万円の定期預金をすることが不可能となり、従つて被控訴人も植村に対して再建計画案に立脚した二〇〇〇万円の新規融資を行うことができなくなり、右の事実は遅くとも昭和三八年春頃迄に控訴人等の知るところとなつて、その頃控訴人は訴外赤井一作を伴い被控訴人の篠木理事長に面会し、再建融資が実現できない以上、本件根抵当権の設定登記を抹消するよう要求したところ、同理事長においてこれを承諾したことが認められる。

当審証人大規和彦の証言により真正に成立したと認められる乙第八号証の一及び二、当審証人植村平爾(一、二回)、同大槻和彦の各証言によれば、本件根抵当権設定登記後も植村は被控訴人より廻し手形による手形割引を受けていたこと並びに昭和三八年八月及び同年九月の二回に計二二九万円の貸増がなされたことが認められるが、右手形割引並びに貸増はいずれも前記再建計画による新規融資にもとづくものとは認められず、却つて前記乙第八号証の一及び二並びに成立に争いのない同第九ないし第一二号証によれば、右貸増のなされた昭和三八年八月から同年一〇月頃にかけて、被控訴人は植村が担保に供していた不動産を次々に処分して旧債の回収を強行していたことが認められるので、エツソスタンダード社が再建計画案を承認しなかつたため、被控訴人としても同計画案にもとづき植村に対し再建のための新規融資を行なう意思を失つたものであることは到底否定できないといわざるを得ない。

以上設定した本件根抵当権設定のいきさつ並びにその後の事情にもとづいて判断するに、控訴人が本件根抵当権を設定した目的は、植村に二〇〇〇万円の新規融資を得させることにあることは明らかで、若し右新規融資が得られなければ本件根抵当権の設定に応じなかつたであろうことは、被訴訟人にとつても前記池平商店再建計画交渉の経過に照らし、十分了承していたものと認められる。されば、右根抵当権設定の目的は特に設定契約において明示されていないとしても、右契約の重要な内容として互いに了解していたものということができるから、エツソスタンダード社の再建計画不承認により右新規融資が実行不可能となつた以上、本件根抵当権設定の目的は失われたものというべきであり、これを知らないで根抵当権の設定に応じた控訴人には法律行為の要素に錯誤があつたものと解するのが相当である。

四、以上の次第で本件根抵当権の設定契約は控訴人の錯誤にもとづき無効というべきであるから、その余の点につき判断するまでもなく、本件根抵当権の不存在確認並びに根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める控訴人の請求はこれを認容すべきものである。よつて本件控訴は理由があるから、これと判断を異にする原判決を取り消して控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

別紙

不動産目録(一審判決と同一につき省略)

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